小泉進次郎議員と山本太郎代表の総理争いが始まる?

過日、参議院議員選挙の結果も出たが、あまり変わり映えはしなかった。自民党の石破茂議員が「他に投票するところがないので自民党に入れた」と言う有権者の言葉を紹介し、自戒の弁を述べていた。一部の支持者は、熱い思いで応援するのだろうが、大半の有権者は、この国は、いい意味でも、悪い意味でも変わらないと思い、すぐ個人主義者に戻れるのだ。熱くなってIDEOLOGYを押し付けあっても、何も生まれないのだが、個人個人がより良い国づくりに思いを馳せ、参画できる方法と手段がないのだろうか。

野球、SOCCER等SPORTの世界では、、地域で応援したTEAM、個人が全国制覇し、人々が熱狂する。更にその先があり、日本代表になったり、個人で雄飛し、世界で戦い、国民の熱い視線を浴びる事になる。政治の世界はSPORTとは違うが、政治家によれば、「政治は最高の道徳」とも言われている。もっと、皆の思いが寄せられ、国を動かす原動力になったらいいのだが。選挙法その他法律を変えてみたら如何であろうか。比例区は存続させ、党派を名乗る人が立候補ができるが、総裁、代表等一定の役職者に限定すべきと考える。選挙区には、党派を名乗らない、個人が立候補するものとする。党議、党則の拘束を受けない為である。個人が、できもしない大風呂敷を広げたり、一定の会派の政策を述べる等もってのほかだ。そんな議員を誕生させても、評決MACHINEを増やすだけである。その地区から一定の推薦保証人を集め、それなりの供託金をおさめる。ONEーISSUEであったり、最小限の、自分が手がけたい政策を選挙民に訴え、その実状.成果を報告し検証するなど、責任を持ってもらう。

当選し国会に登院すれば、更に識見豊かで、包括的かつ多面的政策を取り入れた候補者が、一定の推薦人の支持を得て、政見を発表し多数派を形成し、総理大臣を選出し組閣する。代議制民主主義は上記のようなことを実現するための制度のはずだが、上に行くほど、党議党則に縛られ、自分を殺して、ただ、巨大な権力を行使する為の手助けをしてしまう事が多い。自民党の役員でなければ、自由に発言できるし、野党にあっても、現住所、野党、本籍自民党みたいな議員もいる。党派に拘ることがなければ、昔、青雲の志を持っていた時のように、自分を欺く事もなく、自由で信念に基づいて行動できる。

この度、小泉進次郎議員がが滝川クリステルさんと結婚した。更に箔がつき、最強の総理大臣候補であることは、言うまでもない。ただこの先、順次、党・内閣の要職を経るなど段階を踏んだ後、総理になる場合は心配である。自民党の古い体質、しがらみを温存してしまうからである。本籍は、自民党であるが、柔軟性と、信念らしきものが見受けられる。国民の望む総理になる資質が十分あるのではないか。かって自民党を飛び出したり、反旗をひるがえし、叶わなかった政治家達、ひいては、自民党をぶっこわすと言った小泉純一郎元総理の怨念さえ背負っていると思うからである。小泉進次郎議員には、最大多数の最大幸福を実現してくれるよう期待したい。他方、山本太郎代表は、頼るべき基盤もなく、群がる事もなく、欲しがりもせず、ここまで来たと言うことは、腹をくくっており、意志の強さと、裏打ちされた政策立案能力にすぐれ、ただAD-BALOONをあげているのではないことがわかる。野党に取り込まれるのではなく、これまで通り一方の雄として、野党が、政策を実現する為に歩み寄る存在になってほしい。よく言われることが、「政治の安定」である。しかし日本は、官僚国家であり、彼らの存在抜きには、何も始まらない。いずれにしても、日本は、誰が、総理になっても、これ迄もそうであったように、大丈夫なのである。ただ方向性を示す、政治哲学が最重要であるのは言うまでもない。両者、相まみえる事になれば、劇場型選挙になるかもしれない。しかし、それとて必ずしも悪いわけではない。BRAINを揃え、実現可能で財政措置を伴った政策を揃え、徹底的に議論し、国民の審判を仰ぐ。両陣営が補い合って、日本国民の為の政治を行ってくれれば、有難い。ARTISTの画家、奈良美智さんが、選挙で誰かを選ぶ時には、「ドイツの首相メルケルが原発廃止を決めた理由、経済合理性より倫理性を考え、決断した。」を参考にしている云々。そんな判断も時には、必要であろう。世界の国々と仲良くし、滞ってた時がDYNAMICに動き出し、世界から一目置かれる国になれば万々歳である。

この記事を書いた人
伊藤武

斎藤清の出生地、会津で斎藤清版画ギャラリー「イトー美術」を運営している、いとたけ こと伊藤武です。
http://itobi.sakura.ne.jp/

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