アコウとので出会いで、くちばしが長くなった?

今思い出しても、それは突然の出会いだった。確か20数年前の話だが、出張で西日本に行き、広島県尾道に滞在することがあり、駅前の旭屋食堂には時々通っていたが、信じられないような状景を目撃した。当時70代後半の女性が一人でカウンターに座り、かぶりついていたのが魚の煮付けだった。大勢の客がいたが、20センチくらいの魚の身と骨をより分け、傍若無人に、すべて食べつくすのを茫然と見つめていた。当然怪しんで、後日、恐るおそる店主に尋ねた。あの魚は何?アコウ?聞いたことがなかった。幻の魚だと言う。瀬戸内海の今治沖に小舟で出漁し、釣れると客に提供するとのこと。当然、メニューにもない裏メニューであった。店主は、忙しすぎることもあり、客との馴れ合いもなく、寡黙でビジネスライクな対応で終始した。

ある時、いきなり声がかかった。何も言わなかったが多分気にかけてくれていたのだと思う。アコウの刺身を出してくれたのだ。大げさに言えば、食べ物でこんなに驚いたことがなかった。衝撃の味だった。当時「美味しんぼ」を読んでいたが、現実的じゃないと思い、棚上げしていた。こんなところで「美味しんぼ」の世界に出会えるとは!今まで食したどんな刺身より、あっさり、まったり、コクがあり、歯ごたえもあリ、癖がない半透明の白身である。私に言わせれば正に刺身の王様である。アコウの煮物、これ又絶品。最後の晩餐のメニューは決まった!至福の時を過ごした後、何もいらない。ただ余韻に浸るだけ。

広島県尾道から愛媛県今治にかかっている、しまなみ海道を渡り切る手前に、来島(くるしま)海峡がある。そのあたりに、アコウは棲息している。プランクトンや小魚も多く、食物連鎖が繰り返され、豊富な餌を食べたアコウには、脂がのり、激しい潮流で鍛えられた身は引き締まっている。スズキ目ハタ科に属し関東のキジハタ、クエの仲間。静岡のあこう鯛とも違うが、実際鯛よりおいしい。外見は赤黒く鳥の雉に似た色で、大きいのは30センチ以上のものある。夜行性で、岩場におり、警戒心も強く、潮流が少し変わっても釣れなくなってしまうという。夏場の7〜9月しか取れず、一般に出回ることは少ない。まぼろしの高級魚と言われる所以である。平成18年から80㎜くらいの稚魚を年間20000〜40000匹、放流する栽培漁業がはじまっている。

尾道の旭屋は、時を経ずして、閉店してしまった。その後、地元でも知る人ぞ知る店を見つけ、以来夏場の出張が楽しみだ。勿論アコウは見逃さない。尾道、新涯地区の高橋鮮魚店は昼頃迄に魚が売り切れてしまう。東京の人間でも差別せず?たくさん買うわけでないのに、親切な対応をしてくれる。今でも通りかかれば、必ず顔を出す。今治港近くの割烹瀬戸は、割烹となっているが意外とリーズナブルな価格で敷居も高くない。オコゼその他、地物の魚が豊富。以来、より嘴が長くなり、とどまるところを知らない。グルメ街道真っしぐらで、寄り道はしない。

この記事を書いた人
伊藤武

斎藤清の出生地、会津で斎藤清版画ギャラリー「イトー美術」を運営している、いとたけ こと伊藤武です。
http://itobi.sakura.ne.jp/

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