おもしろ可笑しい話、心温まる話聞きたいな!

「嵐」の解散が決まったが、国民大多数?の理解を得、ソフトランディングする時、一つの時代が終焉を迎え、新しい何かが生まれそうな予感がする。ごたごたの多い昨今、信頼を裏切られた感がなく、何よりホッとさせてくれた。

こんな時代だからこそ自分にとっての英雄、共感できる人と出会ったり、楽しい、面白い、心温まる話を聞きたいと思う。

自分もそんな体験をした時、伝えたい人に夢中で話したことがある。

25年ほど前の話だが、出張先の広島県の尾道で魚が食べられる店に時々寄っていた。勧められるままに、おいしい魚を食べさせてもらったが、ある時、店主からこんな話を聞いた。

客に供する、水槽で泳いでいる魚が弱ってきたら海に返してやるとのこと。

そんな馬鹿な!仰天した。川魚ではない商売ものの高価な魚だ。

しかし採算を度外視して、忙しいさなか、磯に出向き、入れ物をそっと海に空け、魚を見送る情景を思い浮かべた。そんな人がいるんだ!店を出てから感動の嵐が襲ってきた。

以来、抑えきれず、多くの人にその話をした。バブル崩壊後の時代とはいえ、まだ地球に優しい、循環型社会は到来しておらず、その優しさ、物語り性に感服。

当時、話を聴いてくれた人はほとんど共感するどころか、きょとんとしていたような気がした。なんでだろう?ムキになって話し続けた。

その後久しぶりに同店を訪れ、お勧めを聞いたところ、オコゼの薄造りの刺身を出してくれた。その量の多さにたまげた。3〜4人で食べられる大皿1枚分である。

なんとか平らげ、勘定の時、二度びっくり。ものすごく高額なのである。何も言わず支払いを済ませて間もなく、下り特急がやってきた。

その頃、「一杯のかけ蕎麦」の美談にも裏があったことが発覚していた。庶民は生きずらくなり、せっかく感動ものの話を聞いてモチベーションを高め、よりよく生きたいとの願いを見事に打ち砕いてくれたものだ。

その後その店を訪れることは二度となかった。更に確かめることもなかったが、そんなこだわりを持ち先見性?のある人だったら、予約の宴会がキャンセルになったかもしれない、残った魚を押し売りするはずがない。

やはり信頼が裏目に出たことに対し悲しく、自分の愚かさに恥じ入る次第。以来反省するも、信じやすく、熱くなる生来のおめでたさは治らないし、いい出会いを求め続けている。

この記事を書いた人
伊藤武

斎藤清の出生地、会津で斎藤清版画ギャラリー「イトー美術」を運営している、いとたけ こと伊藤武です。
http://itobi.sakura.ne.jp/

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