昨今、高齢者などによるアクセルとブレーキの踏み間違いによる重大、死亡事故にスポットがあたり、社会問題になっている。高齢になり、身体的機能や認知機能の衰えや、うっかりして踏み間違える事は、あり得るのだろうが、該当者でないと思いこんでいる自分にとっては、信じ難いことではある。
それらを未然に防止するために、いろいろな方策が検討されている。道交法の改正?による、一定年齢の免許証返上、ブレーキとアクセルの踏み間違いを防ぐための急発進防止機器の後付け、安全運転機能を向上させた自動運転車に乗り換えさせる、生活道路限定の免許証等。どれもこれもある程度必要な措置と思われる。しかし運転するのは、様々の人間である。いくら制度を整えても、車の機能を完備しても、道交法等の理解度が低く、運転技能が未熟であったり、人が嫌がる、運転行為をする等をチエックする運転免許試験場、同教習場が厳しく指導しなければ絵に描いた餅に過ぎなくなってしまう。それも安易なテストではなく、不適格ドライバーを世に出すことを敢然と拒否し、優良ドライバーを送りだすことを誇りにするような、言わば関所の役割を果たさなければならなと思う。
視点を変えれば、私には、何十年来、気になっていることがある。アクセルとブレーキを踏む足をどうやって移動させているかである。つまり、軸足をつけたまま、アクセルペタルからブレーキペタルに移動させるか、アクセルペタルを踏んでいる足の踵 を離し、ブレーキペタルを踏むかの違いである。以前どちらが正しいかの議論になった時、自分は前者、他の三人は後者を支持した。多勢に無勢、引き下がったが、何故?の思いを引きずってきた。以前に下りの坂道でバスに近ずいたので、ブレーキを踏むはずのところ、アクセルを踏んでしまい、慌てたが、瞬時にブレーキを踏み、事なきを得た事があった。その時は軸足を離しており、見当を間違えたのだと思う。爾来何十年もアクセルとブレーキを踏む軸足を固定して右はアクセル、左はブレーキへと移動させるだけで、踏み間違えた事など一度もない。最近、何人かの人達及び警察署の交通課の人達にどちらの方法で運転しているかを尋ねたが、半々くらいであった。警察官の方も、慣れでもあり、好みもあり、癖みたいなものと言う始末。モヤモヤが晴れない。いっそのこと、然るべきところが、どちらがいいか、検証してくれるといいのだが。私は、一秒の何分の一ほど、早く、ほぼ正確にアクセル、ブレーキを踏んでいると思っている。今更、混乱するかもしれないが、別の観点からの様々の検討が必要かもしれない。
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