確執は二十年、しかし、亡き母への畏敬と感謝の想い

私は結婚する少し前から、約二十年間、母親とは断絶が続いた。そのまま和解もせず、ほとんど口も利かず、2004年、病で亡くなる事になる。姉と二人の兄は、私の分まで母を大事にし、いまはの際まで面倒見がよかったのが唯一の救いであった。母は、私に、かなりの期待をかけ、筋書きどおりの結婚を望んでいた。没落家族?を何とかしたかったのだろう。結婚後、そんな空気を察して、妻は実家に立ち寄ることはなかった。上手くやる事も出来ず、言外の妻の思いに寄り添った結果、当然の選択になった。当時としては、二者択しかなかったと思う。 優柔不断で両者にいい顔をしていたら今の自分はなかったのではないか。自分の生きて来た時代は大まかに二つに分ける事が出来ると思う。母に愛され、見守られた時代、独立と結婚を堺にして自立した時代。

祖父が事業で成功し、体の弱い長男の代わりに、長女の母をどこにでも連れ歩いて、様々の経験をさせたそうだ。その薫陶を受け、お嬢様時代は何不自由することがなかったが、自制心を持ち、物怖じすることなく、決断力のある女性に成長したのだと思う。その経験を経て結婚し四人の子供を育てた。離婚後、祖父の洋服を仕立てた、腕のいい職人に依頼し、オーダー服を作ったもらった。昔、祖父との関係で、面識のある東京駅近くの丸ビルに入居している大企業の幹部を訪ね歩き、紹介を受ける等して、お客様を増やしていったそうだ。昔のお嬢様が多少の蔑みと同情を受けながら、一人営業に勤しむ姿を想像すると, 苦労が偲ばれ涙を禁じ得ない。しかし母は、類まれな信念と自尊心を持っていたから、怯まなかったのだと思う。また、当時の企業人は、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の如く、上から目線の人は少なかったそうだ。役員室を一緒に出て、エレベーター迄見送り、丁寧に黙礼したと言う。

子供達が萎縮しないよう、世間並みのことは、ほとんどしてくれた。特に食生活は充実していた。外食は、あまりしなかったが、家にいる時は、たまには、寿司、魚料理、鰻、天ぷら、すき焼き、肉料理等、何でも作ってくれ、豪勢な食卓は、さながら家庭内パーティのようだった。タラコ、むつ等魚卵の煮付け、高野豆腐の薄甘の煮物等をつまみ食いをし、見つからぬよう平らに慣らしたことなど、懐かしく思い出される。食の経験は、後に私の武器になった?概念が整理され、食べ物でびっくりしなくなった。後年、こんなことがあった。外食で、麺を揚げた、あんかけ五目ソバに酢と洋辛子を入れ、食べたところ、具のバランスも良く、味も抜群で、熱いあんかけをかけたそばの硬さと柔らかさが混じり合い、何十年ぶりに、この一品に出会ったのに驚き、店主にその旨話したが、大変喜んでくれた。その際、お袋の味でもあることも付け加えたが、店主は、一瞬怪訝な表情を見せたのだ。「おふくろの味」とは、美味しくてもまずくても、いわゆる母親が作る懐かしい食べ物の味なのだ。こんな場合、この言葉を言うのは、禁句なのだ。更に母は、洋楽、オペラ、ダンス、歌舞伎、演劇、スポーツ、テレビ鑑賞等、あらゆる事に興味があり、一家言を持っていたので、わからないながらも、多大の影響を受け、今日に至っている。

十二年ほど会社勤めをしたが、間もなく失われた十年が始まった。仕事は、一生懸命こなして、給料も一杯貰っていたが、何か満たされないものがあった。その間隙に競馬が入り込み、五日は仕事、二日はギャンブルに費した。土日は、すっからかんになり、意気消沈した自分を温かく迎えてくれたのも食卓であった。その間、不思議なことに、母から説教をされたり、怒られたこともなかった。やがてギャンブル依存症を断ち切るには、環境を変えなくてはならぬことに気づく。会社を辞め、自分が興味を持てる仕事を探し、画廊に辿り着く。しかも一年ほどして、自営の道を選んだ。とぼしい資金のもと、自転車操業を余儀なくされたが、常に応援し、励ましてくれた事、又長いこと 、自分が己が道を見つけられず、苦しんでいる時、信じて、見守ってくれたことが、今日に繋がっていることを考えると、畏敬と感謝の想いが込み上げてくる。

自営の道を選び、ゼロから自分を作り直すのだが、母親、妻、他の人達から、多くの話を聞き、学んで来た。それなりに自立出来たのだが、人に合わせる事で生き伸びて来たような気もする。近年、このままの流れで終わりたくない想いが強くなった。達成感がなく、いまだに何かを模索中なのである。この年(77才)をして健康、年齢、経済面でクリアー出来たら、新たな展開を志向する心の準備は出来ている。より弾力的に、より個性的に生きたいと思う今日、この頃である。

この記事を書いた人
伊藤武

斎藤清の出生地、会津で斎藤清版画ギャラリー「イトー美術」を運営している、いとたけ こと伊藤武です。
http://itobi.sakura.ne.jp/

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